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第三章 曰く付きデパートと七不思議のポスター

last update Veröffentlichungsdatum: 26.12.2025 07:34:36

自動ドアを抜けた館内は、思ったより静かだった。

かつては子ども連れであふれていた1階フロアも、今は買い物客がまばらに歩いているだけ。

秋の終わりとはいえ、まだ日暮れ前。

それなのにここまで人が少ないことに、美咲は少し驚いた。

(……こんなに静かだったっけ?)

小学生の頃の賑やかなデパートが鮮明によみがえる。

毎週のように家族で来ては、必ず誰かに会う。

誰に会ったかを月曜日に話題にしたり、

古いプリクラ機の前に列を作ってワイワイしたり。

大人にとってはただのショッピングモールでも、

当時の美咲たちにとっては“社交の中心”だった。

色の褪せた壁紙を見つめながら、美咲は思う。

(……デパートも、私たちが大人になる間に、同じだけ歳を取ったんだな)

フードコートへ向かおうと歩き出したとき。

美咲の視線が、古い掲示板に吸い寄せられた。

端には、色あせた一枚の張り紙。

『199X年 館内にて通り魔事件発生

 お客様にはご協力いただきありがとうございました』

「……あ。そういえば、こんな事件あったな」

声に出してみて、ようやく思い出す。

あの頃、地元中がざわついた“あの事件”。

数メートル先にいた悠が、足を止めた美咲に気付き振り返る。

「おーい美咲! 早くフードコート行こうって!

 俺トイレ二回済ませてきたから、お腹空きすぎて死にそう!」

「もう! そんなの大声で言わなくていいから!!」

美咲は呆れながら、小走りで悠に追いついた。

美咲は気づいていなかった。

この時点で、すでに“七不思議”は美咲を見つけていたことを。

フードコートでは、お互い好きなものを注文し、

食事をしながら他愛ない会話を楽しんだ。

「そういえば美咲って、休日は何して遊んでるの?」

「最近は山登ったり、神社巡ったりかな。」

「神社巡りかぁ。今流行ってるよな。」

「なんかね……落ち着くの。

 昔からちょっと“敏感”でさ。

 だから神社に行くとスッとするっていうか……」

「美咲って、そういう感覚あるよなぁ。

 ターボーが言ってたもん。

 『美咲って怒ると迫力すごいし、霊とか寄ってこなさそう』って。」

「誰よターボー……あぁ、あの足速かった子?」

「そうそう。今や俺の腹痛の相談相手。」

「どんな友情?」

「ターボー言ってたぞ。

 『美咲って、委員長っぽい顔してる』って。」

「なにそれ! どんな顔よ!?」

悠は笑いながら肩をすくめる。

「いや、褒めてたんだって。

 実際さ、美咲は小学校のとき学級委員長だったろ?

 怒ると先生より説得力あるし、

 誰かがいじめられそうになったら一番最初に前に出てたし。」

「そんなこともあったかな……」

「“美咲が本気で怒ったら、不良も黙る”って噂、あったし。」

「そんな噂、初めて聞いたけど!?

 誰が言い出したの?!」

「ターボー。」

「またターボー!!」

「でもまぁ……

 実際、困ってる子いると真っ先に助けに行くタイプじゃん、美咲。」

美咲は少しだけ照れくさそうに肩をすぼめた。

「……昔から理不尽なことが許せなかっただけだよ。」

「そういうとこ、昔から変わってないな。

 怒らせると怖いけど……芯があって、強い。」

悠は少しだけ視線を落とし、柔らかく言った。

その優しい声に、美咲は思わず顔をそらす。

「『怒らせると怖い』……褒めてるんだよね??」

「褒めてる褒めてる! 素直に受け取れよ。」

「……はいはい! ありがとうございます!」

二人は顔を見合わせ、自然に笑った。

そんな他愛ない会話をしながら、食後の水を飲む。

美咲はふと、さっき見かけた掲示板の張り紙を思い出した。

「ねぇ、悠はさ、覚えてる?

 このデパートでなんか事件あったって話。」

「あー……あったね。

 学芸会、中止になった年。」

「そうそう。」

悠は紙コップを指先でくるくる回しながら続ける。

「親がさ、しばらく“デパート行くな”って言ってさ。

 子どもながらに、よく分かんないまま怖がってた。」

「私も。

 “通り魔がいたらしいよ”って噂だけが広まって……

 具体的なことは何も知らないまま。」

その時、頭上のスピーカーからアナウンスが流れた。

《本日はご来店ありがとうございます。

 当店はまもなく閉店時間となります——》

閉店前の音楽が、小さく鳴り始める。

「え? もうそんな時間?」

美咲は腕時計を見た。

自分の住んでいる街のデパートより、

閉店が少し早い気がする。

(……こんなに早かったっけ?

 いや、田舎だとこんなものなのかな……)

自分で自分を納得させようとするが、

胸の奥に小さな引っかかりが残った。

悠が立ち上がり、紙コップを捨てながら振り返る。

「俺、トイレ行っとこっかな。帰り寒そうだし。」

「あ、じゃあ私も行っとく。」

二人でトイレ前の通路に向かう。

その途中、壁に一枚の色あせたポスターが貼ってあるのが目に入った。

『このデパートの七不思議』

「……え」

美咲は思わず立ち止まり、ポスターを見つめた。

手書き風の文字で、こう書かれている。

一、トイレフロアを這いずる女の噂

二、子ども用鏡迷路に映る“もう一人”

三、フードコートに現れる内臓だらり男

……などなど。

七つの項目がずらりと並んでいた。

(子どもの呼び込み用にしては、ちょっとグロくない……?)

美咲はポスターを上から下まで読み、少し眉をひそめる。

「いや、なんか……シャレにならないラインナップなんだけど。」

「今どき七不思議って流行るのか?

 ……って、ごめん、俺ちょっと本気でトイレ行ってくる!」

「本気でトイレて。……行ってらっしゃい。」

悠の姿が男性トイレに吸い込まれていくのを見届けてから、

美咲は小さく息をついた。

(……恋愛アプリで再会した同級生かぁ)

アプリは会社の同僚に勧められて始めたものだ。

『女の子は“いいね”いっぱい来るから選び放題だよ!』

そう言われたが——

実際はかなり疲れるものだった。

確かに多くの“いいね”は来た。

けれど、実際マッチングすると——

・会話が全然続かない

・急にタメ口で距離を縮めてくる

・ヤリモク

・二往復で会おうとしてくる

・ある日突然、消える

……そんなことばかり。

(少しどころじゃない。だいぶ疲れてたんだよね……)

しばらくアプリを開かず放置していた時期。

久しぶりの通知を開いたら、アプリからのピックアップで出てきたのが——悠だった。

実際に会う約束をしたのも、悠が初めてだ。

鏡の前で軽く化粧を直しながら、美咲は苦笑する。

まさか、元同級生に出会えて、こんなに楽しい時間を過ごせるなんて、思ってもみなかった。

(“アプリで好きな人と出会うのなんて奇跡だよね〜”って

 同僚と愚痴ってた頃のあたしに、教えてあげたいな。)

そしてふと思う。

(悠に聞いてないんだよね、肝心なこと……)

『いつからアプリやってるの?』

『他に会った人いるの?』

『今、彼女いない歴どれくらい?』

デートで聞くべき質問はちゃんとあるのに、

悠と一緒にいると自然体でいられすぎて、

つい聞くタイミングを逃してしまう。

(ま、帰ってからでいっか。LINEで聞けるし)

化粧を整え終え、トイレを出る。

トイレ前を見渡すが、悠はまだ戻ってきていない。

ふと、さっきのポスターが視界に入る。

なぜか、先ほどよりも妙に不気味に感じた。

美咲が首を傾げたそのとき、

ポスターの端が“ペラッ”とめくれた。

風なんて、吹いていないのに。

背筋がぞわりとした。

「……気のせい、気のせい」

そう言い聞かせてスマホを取り出す。

悠はまだ出てこない。

きっと今、大変な戦いをしているのだろう。

のんきにそう思えたのは、

この先、自分が“本当の恐怖”に触れることなど

想像すらしていなかったからだ。

その時、館内スピーカーから再びアナウンスが流れた。

《当デパートはまもなく閉店いたします。

 お買い物のお客様はお急ぎください》

美咲は時計を見る。

まだ閉店まで、少し余裕があるはずだ。

……それでも悠は出てこない。

そこへ、閉店準備中らしき女性従業員が、慌ただしく通りかかった。

トイレ前に立つ美咲に気づくと、小走りで近付き、問いかけてくる。

「あの……お客様、お連れの方はいらっしゃいますか?」

「あ、すいません! まだトイレに入ってます。

 もう少ししたら戻ると思います。」

女性従業員の表情が、わずかに強張る。

「……お連れ様は、男性……ですか?」

「はい。そこのトイレに行きました!」

美咲が男性トイレの入り口を指さした瞬間、

従業員は、わずかに肩を震わせた。

そして美咲の方を見ようとせず、早口で言葉を並べる。

「その……っ、申し訳ないのですが……

 コンプライアンス上、私たちが中に入って確認することができなくて……」

(……コンプラにしては、怯えすぎじゃない?)

美咲は違和感を覚え、眉を寄せた。

従業員は周囲を気にするように視線を揺らし、

声を潜めて続ける。

「そのトイレ……いえ、何でもありません。

 と、とにかく、閉店までにお連れ様に出ていただけるよう……

 ご確認をお願いできますでしょうか。」

(今、なにか言いかけたよね……? なんか隠してるの?)

聞き返す間もなく、女性従業員は小さく頭を下げて離れようとした。

だが、数歩進んでからふいに立ち止まり、

振り向いて短く告げる。

「外からは開けられないんですけど……

 内側からだけ開く非常口が、西口に一か所だけあります。

 お連れ様が出てこられたら……どうか、そちらからお帰りください。」

「えっ、ちょっと——」

美咲が声を上げたときには、

従業員はもう早足で閉館作業に戻っていた。

残された美咲だけが、

薄い寒気を背中に感じて立ち尽くす。

「西口、非常口が、唯一の出口……?」

美咲は女性従業員の言葉を忘れてはいけない気がして、

思わず口に出して反芻した。

美咲の言葉は静かに消える。

代わりに、冷たい空気だけが肩をかすめていった。

まるで——誰かが、そっと通り過ぎたように。

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  • 夜のデパート七不思議を視る君を見た   第十五章 夜明け

    2人は催事場広場に背を向けて、中央階段へ向けて歩き出す。唯一の出口である、西口非常口に向かっていく。その足取りはゆっくりで、確かで、重かった。夜通しデパート内を走り回り、階段を上り下りした2人の体は限界に近かった。通路を進むと、右側には――静まり返ったフードコートが見える。逃げながら倒れ込んでいった男性の姿が、ふと、そこに重なるように見えた気がした。……もちろん、誰も居ない。美咲は小さく息を吸った。「……ここで、最初の犠牲者。」悠は黙って頷く。さらに進むと、遠くに鏡迷路が見えた。小さく映る2人の顔と目が合う。鏡が外から差し込む光を拾い、淡く反射している。「……まだ、居るのかな。」悠の言葉に、美咲は小さく笑った。「大丈夫だよ。もう、いない。鏡の中のあたしの顔、ちゃんと見えるもん。」鏡の中の美咲は、同じ顔で微笑んでいる。2人はその奥に見える通路の先、男性トイレの表示に目を向けた。柳瀬が死んだ場所。這いずり女を見た場所。「……柳瀬の終わりの場所。あたしにとっては、ここが始まりだったけどね…。ホントに怖かったよ…。」「…美咲が俺を呼びに入ったトイレさ、もしかしたら違う次元だったのかもな。美咲を帰したくなくて、柳瀬がやったんじゃないか?」美咲は目を丸くしたが、妙に納得してしまう。ありえない事なのに、このデパートならありえるからだ。「そうかもしれないね…」美咲は、誰も居ない空間に向けて囁いた。反対側の廊下の奥を見ると、化粧品売り場のカウンターが薄暗い光に浮かび上がっていた。もう、何かが滴り落ちる音は聞こえない。そして、美咲と悠は中央階段で2階へと歩みを進めた。2階まで階段を上がりきり、ふと上を見上げてみた。二階踊り場――宙吊り男がぶら下がっていた場所が、静かにそこにあった。「……俺たち、全部、通ってきたんだな。」悠がぽつりと呟いた。2人は階段フロアから通路に出ると足を止めて、右側通路の方に顔を向けた。そこには、熱帯魚売り場の水槽が見えた。もう、水の音も揺らめきもない。西口非常口に向かうため、中央階段から左方向へ歩みを進めた。楽器店のショーウィンドウの前を通る。店内は闇に溶け込んでいた。手袋も、音も、もうない。(……ありがとう。見守っててくれて…)美咲は心の中で、そっとデパート内の“全員

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