LOGIN自動ドアを抜けた館内は、思ったより静かだった。
かつては子ども連れであふれていた1階フロアも、今は買い物客がまばらに歩いているだけ。
秋の終わりとはいえ、まだ日暮れ前。
それなのにここまで人が少ないことに、美咲は少し驚いた。
(……こんなに静かだったっけ?)
小学生の頃の賑やかなデパートが鮮明によみがえる。
毎週のように家族で来ては、必ず誰かに会う。
誰に会ったかを月曜日に話題にしたり、
古いプリクラ機の前に列を作ってワイワイしたり。
大人にとってはただのショッピングモールでも、
当時の美咲たちにとっては“社交の中心”だった。
色の褪せた壁紙を見つめながら、美咲は思う。
(……デパートも、私たちが大人になる間に、同じだけ歳を取ったんだな)
フードコートへ向かおうと歩き出したとき。
美咲の視線が、古い掲示板に吸い寄せられた。
端には、色あせた一枚の張り紙。
『199X年 館内にて通り魔事件発生
お客様にはご協力いただきありがとうございました』
「……あ。そういえば、こんな事件あったな」
声に出してみて、ようやく思い出す。
あの頃、地元中がざわついた“あの事件”。
数メートル先にいた悠が、足を止めた美咲に気付き振り返る。
「おーい美咲! 早くフードコート行こうって!
俺トイレ二回済ませてきたから、お腹空きすぎて死にそう!」
「もう! そんなの大声で言わなくていいから!!」
美咲は呆れながら、小走りで悠に追いついた。
美咲は気づいていなかった。
この時点で、すでに“七不思議”は美咲を見つけていたことを。
⸻
フードコートでは、お互い好きなものを注文し、
食事をしながら他愛ない会話を楽しんだ。
「そういえば美咲って、休日は何して遊んでるの?」
「最近は山登ったり、神社巡ったりかな。」
「神社巡りかぁ。今流行ってるよな。」
「なんかね……落ち着くの。
昔からちょっと“敏感”でさ。
だから神社に行くとスッとするっていうか……」
「美咲って、そういう感覚あるよなぁ。
ターボーが言ってたもん。
『美咲って怒ると迫力すごいし、霊とか寄ってこなさそう』って。」
「誰よターボー……あぁ、あの足速かった子?」
「そうそう。今や俺の腹痛の相談相手。」
「どんな友情?」
「ターボー言ってたぞ。
『美咲って、委員長っぽい顔してる』って。」
「なにそれ! どんな顔よ!?」
悠は笑いながら肩をすくめる。
「いや、褒めてたんだって。
実際さ、美咲は小学校のとき学級委員長だったろ?
怒ると先生より説得力あるし、
誰かがいじめられそうになったら一番最初に前に出てたし。」
「そんなこともあったかな……」
「“美咲が本気で怒ったら、不良も黙る”って噂、あったし。」
「そんな噂、初めて聞いたけど!?
誰が言い出したの?!」
「ターボー。」
「またターボー!!」
「でもまぁ……
実際、困ってる子いると真っ先に助けに行くタイプじゃん、美咲。」
美咲は少しだけ照れくさそうに肩をすぼめた。
「……昔から理不尽なことが許せなかっただけだよ。」
「そういうとこ、昔から変わってないな。
怒らせると怖いけど……芯があって、強い。」
悠は少しだけ視線を落とし、柔らかく言った。
その優しい声に、美咲は思わず顔をそらす。
「『怒らせると怖い』……褒めてるんだよね??」
「褒めてる褒めてる! 素直に受け取れよ。」
「……はいはい! ありがとうございます!」
二人は顔を見合わせ、自然に笑った。
そんな他愛ない会話をしながら、食後の水を飲む。
美咲はふと、さっき見かけた掲示板の張り紙を思い出した。
「ねぇ、悠はさ、覚えてる?
このデパートでなんか事件あったって話。」
「あー……あったね。
学芸会、中止になった年。」
「そうそう。」
悠は紙コップを指先でくるくる回しながら続ける。
「親がさ、しばらく“デパート行くな”って言ってさ。
子どもながらに、よく分かんないまま怖がってた。」
「私も。
“通り魔がいたらしいよ”って噂だけが広まって……
具体的なことは何も知らないまま。」
その時、頭上のスピーカーからアナウンスが流れた。
《本日はご来店ありがとうございます。
当店はまもなく閉店時間となります——》
閉店前の音楽が、小さく鳴り始める。
「え? もうそんな時間?」
美咲は腕時計を見た。
自分の住んでいる街のデパートより、
閉店が少し早い気がする。
(……こんなに早かったっけ?
いや、田舎だとこんなものなのかな……)
自分で自分を納得させようとするが、
胸の奥に小さな引っかかりが残った。
悠が立ち上がり、紙コップを捨てながら振り返る。
「俺、トイレ行っとこっかな。帰り寒そうだし。」
「あ、じゃあ私も行っとく。」
二人でトイレ前の通路に向かう。
その途中、壁に一枚の色あせたポスターが貼ってあるのが目に入った。
『このデパートの七不思議』
「……え」
美咲は思わず立ち止まり、ポスターを見つめた。
手書き風の文字で、こう書かれている。
一、トイレフロアを這いずる女の噂
二、子ども用鏡迷路に映る“もう一人”
三、フードコートに現れる内臓だらり男
……などなど。
七つの項目がずらりと並んでいた。
(子どもの呼び込み用にしては、ちょっとグロくない……?)
美咲はポスターを上から下まで読み、少し眉をひそめる。
「いや、なんか……シャレにならないラインナップなんだけど。」
「今どき七不思議って流行るのか?
……って、ごめん、俺ちょっと本気でトイレ行ってくる!」
「本気でトイレて。……行ってらっしゃい。」
悠の姿が男性トイレに吸い込まれていくのを見届けてから、
美咲は小さく息をついた。
(……恋愛アプリで再会した同級生かぁ)
アプリは会社の同僚に勧められて始めたものだ。
『女の子は“いいね”いっぱい来るから選び放題だよ!』
そう言われたが——
実際はかなり疲れるものだった。
確かに多くの“いいね”は来た。
けれど、実際マッチングすると——
・会話が全然続かない
・急にタメ口で距離を縮めてくる
・ヤリモク
・二往復で会おうとしてくる
・ある日突然、消える
……そんなことばかり。
(少しどころじゃない。だいぶ疲れてたんだよね……)
しばらくアプリを開かず放置していた時期。
久しぶりの通知を開いたら、アプリからのピックアップで出てきたのが——悠だった。
実際に会う約束をしたのも、悠が初めてだ。
鏡の前で軽く化粧を直しながら、美咲は苦笑する。
まさか、元同級生に出会えて、こんなに楽しい時間を過ごせるなんて、思ってもみなかった。
(“アプリで好きな人と出会うのなんて奇跡だよね〜”って
同僚と愚痴ってた頃のあたしに、教えてあげたいな。)
そしてふと思う。
(悠に聞いてないんだよね、肝心なこと……)
『いつからアプリやってるの?』
『他に会った人いるの?』
『今、彼女いない歴どれくらい?』
デートで聞くべき質問はちゃんとあるのに、
悠と一緒にいると自然体でいられすぎて、
つい聞くタイミングを逃してしまう。
(ま、帰ってからでいっか。LINEで聞けるし)
化粧を整え終え、トイレを出る。
トイレ前を見渡すが、悠はまだ戻ってきていない。
ふと、さっきのポスターが視界に入る。
なぜか、先ほどよりも妙に不気味に感じた。
美咲が首を傾げたそのとき、
ポスターの端が“ペラッ”とめくれた。
風なんて、吹いていないのに。
背筋がぞわりとした。
「……気のせい、気のせい」
そう言い聞かせてスマホを取り出す。
悠はまだ出てこない。
きっと今、大変な戦いをしているのだろう。
のんきにそう思えたのは、
この先、自分が“本当の恐怖”に触れることなど
想像すらしていなかったからだ。
その時、館内スピーカーから再びアナウンスが流れた。
《当デパートはまもなく閉店いたします。
お買い物のお客様はお急ぎください》
美咲は時計を見る。
まだ閉店まで、少し余裕があるはずだ。
……それでも悠は出てこない。
そこへ、閉店準備中らしき女性従業員が、慌ただしく通りかかった。
トイレ前に立つ美咲に気づくと、小走りで近付き、問いかけてくる。
「あの……お客様、お連れの方はいらっしゃいますか?」
「あ、すいません! まだトイレに入ってます。
もう少ししたら戻ると思います。」
女性従業員の表情が、わずかに強張る。
「……お連れ様は、男性……ですか?」
「はい。そこのトイレに行きました!」
美咲が男性トイレの入り口を指さした瞬間、
従業員は、わずかに肩を震わせた。
そして美咲の方を見ようとせず、早口で言葉を並べる。
「その……っ、申し訳ないのですが……
コンプライアンス上、私たちが中に入って確認することができなくて……」
(……コンプラにしては、怯えすぎじゃない?)
美咲は違和感を覚え、眉を寄せた。
従業員は周囲を気にするように視線を揺らし、
声を潜めて続ける。
「そのトイレ……いえ、何でもありません。
と、とにかく、閉店までにお連れ様に出ていただけるよう……
ご確認をお願いできますでしょうか。」
(今、なにか言いかけたよね……? なんか隠してるの?)
聞き返す間もなく、女性従業員は小さく頭を下げて離れようとした。
だが、数歩進んでからふいに立ち止まり、
振り向いて短く告げる。
「外からは開けられないんですけど……
内側からだけ開く非常口が、西口に一か所だけあります。
お連れ様が出てこられたら……どうか、そちらからお帰りください。」
「えっ、ちょっと——」
美咲が声を上げたときには、
従業員はもう早足で閉館作業に戻っていた。
残された美咲だけが、
薄い寒気を背中に感じて立ち尽くす。
「西口、非常口が、唯一の出口……?」
美咲は女性従業員の言葉を忘れてはいけない気がして、
思わず口に出して反芻した。
美咲の言葉は静かに消える。
代わりに、冷たい空気だけが肩をかすめていった。
まるで——誰かが、そっと通り過ぎたように。
七不思議のポスター跡を離れ、二人は静かな通路を、非常口へ向かって歩いていた。2人の足音だけが広い館内に響く。悠がふと疑問を口にする。「てか……閉館してるのに、外出られるの?あれ?そもそも非常口のドアって開くの?」美咲は前を真っ直ぐ見つめて答えた。「……うん。ひとつだけね。」「ひとつだけ?」「さっき、閉館前に女性従業員さんが、“外からは開かないけど、中からだけ開く非常口がある”って教えてくれたの。」「あ、もしかして、俺ってその時……」「そう。悠はトイレで戦ってた。」「……いや言い方よ……でも、ごめんな?俺がトイレからすぐに出れてたら、こんな事にはならなかったんだよな…」「いいよ!別に責めてないから!朝まで出れない訳じゃなくて、出られる場所があるんだもん。そこに向かえばいいだけ!」美咲の、本当に責めていない気持ちが伝わって、申し訳ない気持ちと安堵感で、悠は小さく頷いた。二人は薄暗い館内を足元に気を付けながらゆっくり進む。時折周りを見渡してみる。非常灯のみの薄暗い廊下、閉館後で使えなくなったエレベーター、普段なら見る事のない景色だった。夜のデパート、しかも悠と2人で歩くなんて…謎の展開過ぎる状況に美咲は少し微笑んだ。(ありえない状況だけど、隣にいるのが悠で良かった…なんて、不謹慎かな。)「ん?何笑ってんの?美咲。」美咲はドキリとして、思わず早口で話す。「いや、だって、こんな体験、普通する事ないじゃん?おかしく思えてきてさ。」「確かに!俺の武勇伝が増えたよ。」悠は美咲の少しの動揺に気付かずに笑顔で答えた。(笑ってるのバレた…ビックリした…)まだ少しドキドキする胸に手をやり、美咲は息を吐いた。しかし、その直後、美咲は感じた事のない、暗い、重い空気が肌をかすめるのを感じた。(な、なに?!)背中がゾワゾワする、警告のような感覚…薄暗い廊下の曲がり角の向こうから、良くない空気が流れてきているのが分かった。「なんか…変…」「え?!何が?」悠は訳も分からず、周りを見渡すが何も感じない。ただ、美咲の怯える表情を見て、嘘を言ってない事は分かる。2人は息を潜め、恐る恐る進んだ。そして曲がり角の先に──薄暗い、化粧品エリアの影が見えてきた。鏡の向こうから、ぼんやりとした、白い顔がこちらを覗く。
フードコートでの惨劇から離れ、二人はしばらく、何も言わずに歩いていた。非常口へ続く、薄暗い廊下。最後の照明すら時折点滅し、足音だけが、硬い床に、淡々と響く。美咲はため息をつく。「……ねぇ、悠。本気で何も見えてないの?」「うん……見えないけど、美咲の反応で“ヤバい状況”なのは分かる。」「え〜……何で悠には見えないんだろう…。」美咲は腕を摩りながら息を整える。「……さっきさ、フードコートで、ちょっと調べたの。このデパートの、昔の事件。」悠が顔を上げる。「え?事件?」美咲は静かに頷いて、調べて分かった事を悠に伝える。「うん……。“通り魔事件”。五人亡くなって、犯人が……トイレで自殺したって。」2人の歩く足が自然とゆっくりになる。「犯人、“柳瀬 透”って人。写真もあった。……私、初めて顔見た。」「柳瀬……?…何か名前は昔聞いたことある気がするけど……俺も顔は俺も見たことないなぁ……」「うちら小学生だったしね。“変な事件があった”くらいしか、分かってなかった。」2人は並んで歩きながら、薄暗い天井を見上げる。悠がふと、疑問に思う。「……でも、なんでさ、美咲にだけ怖いやつがくるんだろ……」「分かんない…なんか、集中攻撃されてるよね……?」「うん……明らかにされてる。俺なんか一個も見てないし……トイレ行くタイミングが神ってるのかなぁ……?」「何言ってるの…もうホント、何も来ないでほしい……」少しの沈黙のあと、美咲がふと思い出す。「……そういえばさ、トイレの前に貼ってあったよね、“七不思議”のポスター。」「ポスター?あぁ、閉館前に見かけたやつ?俺すぐにトイレ入ったから全部読んでないや。」「そう、それ。色褪せた紙で、『七不思議 その一:這いずり女』『その二:鏡迷路の影』って書いてあった。」美咲が顎に手を当てて、書いてあった内容を思い出す。あまり聞かないラインナップだったからか、印象に残っていた。悠は驚いて美咲の方を向いた。「え……それって、さっき美咲が……?」「うん、あたしだけが見えてる怖いやつ…確か…その三は…内臓はみ出し男だった気がする…!」「じゃぁ、ポスターに書いてあった七不思議が、実際に起きてて、美咲にだけ見えてるって事…?」美咲は、ふと足を止めた。「……ポス
鏡迷路から逃げて、悠がトイレへ走り去ったあと、デパート内は静寂に包まれていた…美咲は一人きりも嫌だったが、トイレの側で待つのはもっと嫌だった。最初の恐怖がフラッシュバックするからだ。扉から垂れてきた足…這いずる女…美咲はブルッと身震いし、首を横に振った。考えちゃダメだ……と無理やり意識をそらす。一人になると、一気に疲れが込みあげてきた。(どこか……座りたい……)見渡すと、先ほど悠と軽食を食べたフードコートがある。美咲は周囲を警戒しながらゆっくり歩き、鏡迷路に背を向けて、椅子にストンと腰を下ろした。ふぅ〜……っと長い息が漏れ、身体が沈んでいく。鏡迷路を出たあとも、胸の奥のざわつきは消えなかった。あの白い手、鏡に貼りつく血の跡──そして、自分だけが“視えていた”という事実。最後に背中に刺さった、あの視線。思い返すだけで、身体の芯がまだ震えていた。(……なんで、私だけ……?)無意識に両腕をさすりながら、美咲はふと気づく。デパートに入ったときに目に入った、あの“通り魔事件”の張り紙。胸の奥が暗く沈んだ、あの嫌な気配。(まさか……本当に関係してる……?)認めたくなくて、ずっと考えないようにしていた。でも、這いずり女も鏡迷路の出来事も──無関係と言い切れなかった。(……調べなきゃ)美咲は深く息を吸い、震える指先でスマホを開く。デパートに入る前から続いていた違和感。事件の張り紙を見たとき胸に落ちた黒い重さ。それが今の怪異と一本の線で繋がるようで──(噂のままで終わらせたら……ダメだ)美咲は画面をスクロールした。“あの事件の本当のことを知らないままじゃ、前に進めない気がした。”検索結果に、見覚えのあるタイトルが表示される。『199X年●●デパート通り魔事件』「……これだ。」美咲はゴクリと息を呑んだ。地元で起きた最大級の事件。幼いころ、断片的に耳にした断片だけが記憶に残っている。『人が亡くなったらしい』『犯人が逃げたらしい』そんな噂話だけが、自分の周りを飛び交っていた。両親も詳細は話さなかった。知らなかったからなのか、子供に話せない内容だったのか──今となっては分からない。美咲は記事をタップした。「……っ」喉が固まり、息が止まる。画面には、無表情の男が写っていた。ジトっとしたこの目…さ
美咲と悠はトイレエリアから離れるために歩き出した。また先ほどの霊に出くわすのだけは避けたかった。デパート館内は薄暗く、ところどころ非常灯の光がぽつぽつと床を照らしている。美咲は、這いずり女のビジュが頭にこびりついていて、振り払おうと何度も小さく首を振った。(もう、忘れる! 忘れたい! 忘れて!!)自分で自分に言い聞かせながら、美咲は必死に“楽しいこと”を考えようとする。そういえば……と、横を歩く悠に話しかけた。「ねぇ悠、前に“休みの日何してるの?”って聞かれたじゃん? 悠はいつも、お休みの日なにしてるの?」「俺はね〜、料理にハマってる! 動画見て美味しそうなやつ作ってみたり、外国の料理作ってみたり!」悠が楽しそうに話す。美咲は予想外の回答に目を丸くした。「料理?!! 意外なんだけど…! すごいね! 最近は何作ったの?」「マッケンチーズ!」「……んん?! 何て?!」「マカロニ&チーズってやつで、アメリカでよく食べられる料理だよ。 色んな人が作ってる動画が上がっててさ。作り方も様々で面白いし、とにかく美味い!」「マッケンチーズって初めて聞いた! マカロニ側だけ名前崩しすぎじゃない? でも、確かに美味しそうだね!」「実際美味しいんだよ! 結構有名だけどな〜、マッケンチーズ!」「“マッケンチーズ”って言いたいだけに聞こえるけど……」美咲がクスリと笑った。「確かに」と悠も笑う。「でもほんとマッケンチーズおすすめ! あと料理以外だと、休みが合ったらターボーとバドミントンやってる!」「ターボーと仲良いなぁ! てかバドミントンて! 高校でやったのが最後だよ……」「久しぶりにやると楽しいんだよ。今度美咲もやろう!」悠が笑顔で明るく話すと、不思議と薄暗いデパートの雰囲気も少しだけあたたかくなったように感じた。美咲も、さっきまで引きずっていた恐怖を一旦忘れて、心から楽しんで笑えるようになっていた。ふっと上を見上げると、頭上の看板が照明に照らされていた。『キッズわくわく鏡迷路』その看板を見た瞬間、悠の目が輝いた。「この鏡迷路まだあったんだ! 懐かし〜! 小学生の時、ターボーと毎回来て、入って出てを繰り返してたんだよ!!」「……何その遊び方、狂気を感じるのよ……」「俺のがいつもゴール早かったんだよ。 ちょっと
先ほどまでは閉館作業で慌ただしかった館内だったが、気づけば、人影がじわじわと少なくなっていくのを美咲はスマホを片手に眺めていた。客はもう、ほとんど帰ってしまったらしい。従業員は各フロアを巡回し、確認し終えた店舗から順に盗難防止用のカーテンが、シャッ……と降りてゆく。美咲は、ひとりだけ取り残されたような感覚になり、胸の奥に不安がゆっくりと広がっていくのを感じた。その時——パチン。館内の照明が、わずかに一段暗くなった。「わっ……ビックリした。」突然の変化に、美咲は思わず声を漏らす。館内BGMがふっと途切れ、最後の音の残響だけが耳の奥でゆらりと揺れた。その静けさの中で、美咲は小さく呟く。「悠……まだ……?」トイレの入り口からは何の気配もない。美咲は不安になってソワソワし出した。(ほんとにあのトイレにまだいるのかな? あたしがスマホ見てる間に出てきて、もう外に行ってるかも……)トイレの前まで行って声を掛けてみよう。そう思い、一歩踏み出した瞬間——ガシャン、ガシャン。シャッターの降りる音が、店の奥から響いた。従業員たちが帰り支度を始めている。「あ、ちょっと! まだいます!」美咲は焦って声を上げるが、その声はシャッターの金属音にかき消された。バタン。最後の扉が閉まる。美咲は、静まり返った館内にひとり取り残された。(え〜……いくら田舎とはいえ、客を残して帰るとか許されるの?)信じられない、と憤慨していると、そのすぐ背後で、“何か”が動いた気がして振り返る。……誰もいない。デパートの館内は、秋の終わりとは思えないほど冷え込んでいた。「……寒っ。外じゃないのに?」空気の奥からじんわり滲んでくるような、“底冷えの冷たさ”が肌を刺す。(閉館したから暖房消したのかな…… それとも、これ、なんか別の要因の……)美咲はぶるっと身震いをし、無意識に両腕をさすっていた。(さっきの従業員さん……何か言いかけてたよね……?)美咲は一度だけ深呼吸をし、暗く静まり返った男性トイレへ、ゆっくりと足を向けた。⸻悠が入っているであろう“唯一閉まっている個室”の前に立ち、美咲は扉に向かって呼びかけた。「悠ー? まだー? デパート閉館しちゃったよー?」返事がない。目の前で声を掛けているのに……。(ドアが閉まっ
自動ドアを抜けた館内は、思ったより静かだった。かつては子ども連れであふれていた1階フロアも、今は買い物客がまばらに歩いているだけ。秋の終わりとはいえ、まだ日暮れ前。それなのにここまで人が少ないことに、美咲は少し驚いた。(……こんなに静かだったっけ?)小学生の頃の賑やかなデパートが鮮明によみがえる。毎週のように家族で来ては、必ず誰かに会う。誰に会ったかを月曜日に話題にしたり、古いプリクラ機の前に列を作ってワイワイしたり。大人にとってはただのショッピングモールでも、当時の美咲たちにとっては“社交の中心”だった。色の褪せた壁紙を見つめながら、美咲は思う。(……デパートも、私たちが大人になる間に、同じだけ歳を取ったんだな)フードコートへ向かおうと歩き出したとき。美咲の視線が、古い掲示板に吸い寄せられた。端には、色あせた一枚の張り紙。『199X年 館内にて通り魔事件発生 お客様にはご協力いただきありがとうございました』「……あ。そういえば、こんな事件あったな」声に出してみて、ようやく思い出す。あの頃、地元中がざわついた“あの事件”。数メートル先にいた悠が、足を止めた美咲に気付き振り返る。「おーい美咲! 早くフードコート行こうって! 俺トイレ二回済ませてきたから、お腹空きすぎて死にそう!」「もう! そんなの大声で言わなくていいから!!」美咲は呆れながら、小走りで悠に追いついた。美咲は気づいていなかった。この時点で、すでに“七不思議”は美咲を見つけていたことを。⸻フードコートでは、お互い好きなものを注文し、食事をしながら他愛ない会話を楽しんだ。「そういえば美咲って、休日は何して遊んでるの?」「最近は山登ったり、神社巡ったりかな。」「神社巡りかぁ。今流行ってるよな。」「なんかね……落ち着くの。 昔からちょっと“敏感”でさ。 だから神社に行くとスッとするっていうか……」「美咲って、そういう感覚あるよなぁ。 ターボーが言ってたもん。 『美咲って怒ると迫力すごいし、霊とか寄ってこなさそう』って。」「誰よターボー……あぁ、あの足速かった子?」「そうそう。今や俺の腹痛の相談相手。」「どんな友情?」「ターボー言ってたぞ。 『美咲って、委員長っぽい顔してる』って。」「なにそれ! どんな顔よ!?」悠は笑い